日記ノ20


自分への無価値感からあちこちに気が散ってしまう。

 

おぼあ、ぼあ、と粘っこい唾を風船に膨らませながらぼーっとしている。かと思えば思い出したようにギターを弾いたり、肝臓に良いなんつうサプリメントを飲んだり、頼まれた仕事に手をつけたり、毛生え薬の効きそうなやつを探したり、スケールの理屈を本で読んだり、ナニワ金融道を読んだり、ドラマ版ナニワ金融道の桑田さんの真似をして突然「はいばら〜!」と叫んだり。

 

集中力がないなぁと悩んで、今度は発達障害のことを調べ始めてそういった薬を処方してくれる心療内科を探す。チョロい。薬を飲んでこんな感じかと思ってそれにも慣れてしまい、鍼治療や漢方について検索する。基本的に俺はダメなのだ。脳がアホなのだ。ベースがぐずぐずの沼地埋め立て住宅なのだ。そういえば俺が生まれたところはもともと沼だったらしい。ぽうぽうと浮かんでいるのだ。いつか揺れたら沈んでしまうのだ。揺れないでほしいな。と思いながらベースを弾いてみて、ダメさに匙を投げたらカーンといやんなった。

 

昨日は西院のウーララでライブだった。金丸にいやんが故郷の滋賀県の歌を歌っていた。そこに琵琶湖なんてなかった。あったのかもしれないけど、俺は自分の沼地にフォーカスを当ててしまった。あれは琵琶湖だったのか、とまた心が揺れる。

 

酒で脳を揺らすと気持ちの酔いどめになる。ベイビーロックンロール!とでも言っとけばオッケー。になるのだ。果たしてそうかしらと疑いながら。

 

気持ちのいいションベンができるのは幸せだ。

 

ぼあ、ぼあ、と粘っこい唾を膨らませながらトイレの床を見るともなく見ていると、御影石を模したしゃらくさい床に御稲荷がいることに気づいた。でもよく見てみたらそれは化け猫だったし、それだって昔、子供の頃に見た図録の印象だ。

 

楽しいことはたくさんあって、それとは別にズーンとした重さが常にある。生き急ぐというのはそういうものかもしれない。舞台の上では、時間は変な膨縮をしている。あれは楽しい。

 

今日の死にたさは好きだ。